『待つという事』
 

 モンテッソーリの教育原理をご理解頂く為に、4月より園便りと共にモンテッソーリ用語の説明をお届けして参りました。
  子どもたちは自己を創りたいという内面から溢れる強い欲求を持っており、環境の中でその欲求を満たす作業に出会うと、集中してその作業に取り組み、内的な満足を得ることにより豊かな人格が形成される、という内容については、既にご理解いただいている事と思います。
  その為、保育室の中には3歳から5歳の子どもたちの敏感期に即した教材が、揃えてあります。この教材は、子どもの発達に合わせて内容は変わっていきます。4月当初は指先を訓練するような、教師の手伝いがなくとも一人で出来る簡単なものも多く、園に通う事が楽しいと感じられるように棚を準備します。しかし、作業を通して自由に動く手や体を徐徐に獲得していくに従って、感覚を洗練させる教具、数・言語・地理・歴史等の知的要求を満足させる教具などが部屋の棚に登場してきます。これらは教師が子どもに強制的に与えるものではなく、あくまでも子どもの敏感期を教師が把握し、子どもの要求に沿った形で一人ひとりに提供されていきます。
  この多くの様々な教材は各クラスに一つずつだけ用意されます。
  「沢山の子どもがいるのに、なぜ1つなの?」
  「同じ年齢の子同志でけんかしないの?」
よく保護者の方が質問されます。家庭では、1つの物を兄弟で取り合い喧嘩になる事は、日常茶飯事でしょう。しかし、保育室では敢えて1つにしています。
 『待つ』ということを経験することで、我慢する心を育てる為です。敏感期の子どもが対象の物に一途に関わろうとするエネルギーは非常に強いものですので、本当にやりたい物は、長い時間でも待つ事が出来ます。待たされた後は、集中して作業を行なうことが出来ますし、また、自分が作業している間は他の子に邪魔されないよう教師が環境を保ってくれる経験をすることにより、待つ側と待たされる側の立場を理解することが出来ます。この経験は、人に言われるからではなく自分の経験を通して他者の立場を理解できる人格を育てていきます。
 さて、今月は待降節です。クリスマスがイエス・キリストのご誕生を祝う日だということは、地球上のほとんどの国や民族の間にしれわたっています。しかし、ちょっと考えてみますと、これは実にふしぎな習慣ではないでしょうか。
 家族の間でも、もう何年も前に亡くなったおじいちゃんやおばあちゃんについて、命日ならともかく、誕生日をはっきり記憶して、毎年必ずお祝いするという習慣はありません。世界中で二千年近くもの間、過去のその人の誕生日を祝い続けるというには、クリスマスだけで、ほかに例がないでしょう。
 「もの」にめぐまれ「もの」に取り囲まれた私たちが、いつのまにかその快適さと便利さで自分自身を見失うとき、いちばん忘れさられるのは、人間のかけがえのない生命、生命的な豊かさではないでしょうか。待降節を迎えるにあたって、イエス・キリストの降誕を待ち望む喜びを高めながら、その一方で、恵まれない方々へ私たちができる事はどんなことでしょう。私たちの幸せを少しでも分かち合える事ができましたら、何とすばらしいことでしょう。
 『待つ』ことを通して、小さな自分、また私たちが何かできるという実感を得ながら、意味のあるものにしていきたいものです。今年のクリスマスが、この地球上のすべての地域に、平和とささやかな幸せが実現するようにと願っております。

     
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